一般社団法人 かなぎ元気村 メールマガジン8月号
もう残り数日で8月が終わりますが、青森県民の8月は祭りとお盆で半月を費やし、なかなか社会復帰できないほどの抜け殻状態に陥ります。津軽衆は特にそうした傾向が強いですね(笑) 皆様はいかがお過ごしでしたか?
今年は梅雨明けの実感がほとんどないまま、台風のフェーン現象による酷暑に喘いでいた気がします。とは言え、かなぎ元気村は結構にぎわっていて、エアコンなしの生活に驚きと郷愁を感じる人々ばかりでした。
南北の縁側と大きなひさし、広々とした畳の座敷。そして茅葺屋根の断熱性は現代生活とはかけ離れた異空間と言えましょう。日が暮れると蚊取り線香の煙が漂い、涼しい夜風が通り過ぎます。失われつつある「日本の夏」が元気村には残っていて、こうした場所と生活文化を是非守ってくださいと、全てのお客様が帰りがけに言い残して行きます。
見送る私たちにとっては、そうした言葉が何よりの励みになっていて、手を振り終えると顔を見合わせて、「やったね」って感じになります。
一般社団法人かなぎ元気村では、みなさんのそばにいつも『かなぎ元気村』ということでメルマガを配信しています。今月も奥津軽の小タヌキのコラムやクマのぼやきをお楽しみください。
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【目次】
1.8月は何食べた?
2.シリーズ「記憶の断片」その5
3.ウェルネスコラム第22回
「気候変動・天変地異から、いのちを守る、つなぐWell-beingプログラム」
4.あとがき
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1. 8月は何食べた?
夏は魚や山菜の種類が少なくなりますが、夏野菜が美味いですね。暑さが続くとそもそも食欲が減退するので、私の場合は野菜ばかり食べてた気がします。トマト、キュウリ、ナスを筆頭に家庭菜園で採れるものがいっぱいあるし、元気村の場合は今年ジャガイモが大豊作だったので、これまたビール飲みにはたまりません。そして、シソ、ミョウガ、青トウガラシ、サンショウなど、いわゆる「和ハーブ」と呼ばれる香りの高い脇役が欠かせませんね。
個人的な好みですが、夏の酒の肴としては、ホヤ、モズク、スルメイカには目が無いですし、野菜に関しては、やってみたら簡単な浅漬けをよく作るようになりました。
津軽の夏のおかずであるナスのシソ巻きや、ナス、キュウリ、ミョウガを細かくたっぷり刻んで、ネバリ昆布と出汁に入れたトロロみたいなものはご飯が飲み物になってしまう危険性があります。短命県返上をうたい文句にヘルスツーリズムを展開する側としては、塩分取り過ぎだろう、食い過ぎだろう、お前は酒飲んでばかりいるだろう、と言われそうですが、たっぷり汗をかいた後には許されるのではないかと勝手に思っています。
また、お盆を過ぎると当地では屏風山のスイカやメロンがとても安くなりますし、このところ話題の津軽桃や早生のリンゴも出回っています。これから秋が深まるにつれて食の魅力が広がってくる津軽へぜひお越しください。
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2.シリーズ「記憶の断片」その5
今回は大災害における復興エネルギーとしての津軽三味線にまつわる話をお伝えします。1995年(平成7年)1月17日に発生した阪神淡路大震災は神戸を中心に甚大な被害をもたらし、その後の復興には多大な苦労があったことを忘れてはなりません。震災復興10年を目前にした2003年、津軽三味線の歴史解明者である故大條和雄先生と私のもとに神戸市長田区の方から、震災復興10年を契機に津軽三味線の全国大会を神戸で開催したいので支援願えないかとの相談がありました。
理由は、「津軽三味線の音色には人の心を奮い立たせるエネルギーがあり、震災10年の節目に、犠牲になられた方々の慰霊と復興に尽力した人々の人間愛を称えるために、津軽三味線の力強い撥音で神戸の心意気を全国に示したい」という、まことに感動的な言葉でした。
私たちはその心意気に応えるべく、三味線大会の運営ノウハウを提供し、全国の師匠たちに神戸大会への参加を呼びかけ、2004年(平成16年)10月10日、神戸市長田神社において、震災復興10年祈念 第1回津軽三味線全国大会in KOBE ~津軽の旋風いま神戸へ~ が実現しました。長田神社で数回開催した後、メリケン波止場で知られるハーバーランドへと会場を移し、西日本最大の大会として2014年(平成26年)10月13日、20年の節目となった11回大会で役割を終えました。審査委員長の大條和雄先生、澤田勝秋師匠、運営顧問としての私は毎年神戸に通い、津軽三味線会館からも会場へ出店して全国の皆様との交流を深めた思い出が残ります。
そして、その間2011年(平成23年)3月11日、東北と関東は観測史上最大震度の「東日本大震災」に襲われ、地震と大津波により死者・行方不明者23,000人を超えるという国難に晒されました。
これに際して、金木の三味線大会も神戸の大会も敢えて中断することはせず、「頑張ろう東北!頑張ろう日本!」を旗印にして犠牲者の慰霊と復興のエネルギーを津軽三味線の撥音に込めてきました。
特に、私どもとゆかりの深い著名な岩手の津軽三味線奏者と、かつて日本のポップシーンをリードしたバンドのドラマー、ロックとブルースのカリスマギタリスト、気鋭の和太鼓女性奏者らによる復興支援活動には頭が下がりました。彼らには自らの音楽と五所川原立佞武多をマッチングさせた独特のオリジナリティがあり、震災後に東京文京区にある真言宗の大本山「護国寺」での復興支援コンサートは私にとっても思い出深いものでした。こうした活動に対し、あのダライ・ラマ14世からも復興へのエールを託されたと聞いています。
幕末から明治にかけて金木で生まれた独特の三味線音楽は後に「津軽三味線」として揺るぎない地位を築きますが、地元の私たちの意識を飛び越えたスケール感があることを伝え残したいと思い、記憶の断片に記することにしました。
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3. ウェルネスコラム第22回
「気候変動・天変地異から、いのちを守る、つなぐWell-beingプログラム」
(一社)かなぎ元気村の理事木谷敏雄(通称奥津軽の小タヌキ)が「日本各地のウェルネス地域の探訪」を綴ります。この小タヌキは、日本各地のウェルネスツーリズムや最近でいうWell-Beingツーリズムによる観光地域づくりの感動請負人(コーディネーター)として各地を飛び回っていて、そこそこ活躍しているらしい(笑)そんな小タヌキのウェルネス地域探訪にお付き合いください。
※ウェルネスコラムはこちら
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4.あとがき
8月23日の夜明け前、午前3時46分、元気村上空に国際宇宙ステーション「きぼう」が定刻通り現れました。宇宙ステーションの情報はJAXAのホームページで日時・方角を詳しく公開しているので、私はこれこそが「銀河鉄道」のダイヤだと思っています。
私はこの日元気村の宿直でしたが、絶対に見ようと心に決めて、午前3時に起き、綿入りのどてらを羽織って裏のウッドデッキに寝そべって空を見ていました。この夜は満月で、この時間の月は南西の低い位置にいて、しかも大きく鮮やかな月暈(つきかさ)をまとっていました。国際宇宙ステーションは月のほぼ真下から明るい銀色の輝きを放ってポッと現れ、、まるで月を縦に射抜くように私の真上に来ました。恥ずかしながら、この感激の瞬間思わず手を振ってしまいました。単純なやつだとお笑いになるでしょうが、この夜明け前のロケーションは私の生涯においてもう二度とないでしょう。そして、「きぼう」は暁がかった北東の空にゆっくりと消えました。
この後もしばし放心状態で空を見ていましたが、東の空にはオリオン座が横たわり、じっと見ていると小さな人工衛星とおぼしき点滅しない光が、かなりの頻度で通り過ぎます。ラッキーでしたね。早起きは三文の得と言いますが、億万長者になった気分です。人目には付かないですが、知らない人にしてみれば痴呆老人が徘徊していると思うでしょうかね(笑)
もう数日で9月になりますが、上陸する台風としては歴代最強クラスと言われる大型でスピードが遅い台風10号の動向が気になります。折しも黄金色になった稲穂が頭を垂れ、リンゴも順調に育っていることから、被害を及ぼさずに通り過ぎることを祈っています。
皆様、9月も災害への備えを怠らず、息災でお過ごしください。
2024.8.28