
「おかげさま」と「常若」の精神に触れる ~伊勢神宮式年遷宮のお木曳体験記~
2026年6月13日、土曜日。ニッポンの心の源郷に触れ、その文化を未来につなげる「民俗行事=祭」として伝承される伊勢神宮式年遷宮「お木曳」に参加したので、その尊い体験を今回は綴っていきたいと思う。
伊勢神宮の鎮座する伊勢市に隣接する明和町の観光地域づくりに10年以上携わってきた。そのご縁があって、今回、特別神領民奉曳という、20年に一度行われる式年遷宮の神事に参加することができたのだ。
ご存じ、式年遷宮とは、伊勢神宮の社殿を建て替えることで、神宮の浄化と再生を図る神事。20年ごとに行われるこの神事は、第63回も続く伝統行事。そして、今回参加した「お木曳」は、遷宮諸祭行事の中でも伊勢に住む人々が関わることのできる数少ない行事の一つで、外宮まで木を曳く行事の中で、唄や余興を取り入れ、隣町と競うなど、時代に応じてその伝統を培ってきたもの。
お木曳当日の早朝、真新しい白装束に身を包み、伊勢市の宮町に集合。他の参加者の方々と合流し、しばし、木遣り唄、そしてエンヤーエンヤーと息を合わせる練習を重ね、いざ出陣!
大きな御用材を乗せた御木曳台車の前に立つと、その迫力に圧倒される。直径1m、長さ12m、重さ4tの巨大な材木を、約700人の白装束の曳き手で運んでいく。古の人々も、同じ光景を目にしていたのか?胸の高鳴りを感じながら、木遣り唄に導かれ、「エンヤー、エンヤー」の掛け声とともに一斉に綱を引く。するとゆっくりと、御木曳台車が動き出す
車輪のきしむ音、綱がこすれる音、木でできた車輪が奏でる「椀鳴り」の響き。その美しい音色こそが、木材を選び抜き、丁寧に組み上げた大工の技と言われ、その音が参加者の掛け声とハーモニーを奏でる。
道中は、様々な音が重なり合い、荘厳な雰囲気を醸し出す。道のりは長く、時折、坂道や曲がり角でさらに重さを実感することもありながらも、「エンヤー、エンヤー」の掛け声が大きな力を与えてくれる。
この空間の中での一体感こそが、お木曳の醍醐味なのだ。一人一人の力は小さくとも、それが結集すれば、大きな材木さえも動かせる。先人たちが築き上げてきた知恵は、こうして受け継がれていく。そして、お木曳を通して、自分自身が大きな流れの中の一部であると気づかされる。
それが、国の安寧を祈る地である伊勢神宮が古より人々に気づかせてきたことでもあろう。時空を超え、先人から受け継がれてきた伝統を、今この時代に紡いでいく。そんな尊い役目を担えた喜びを深く、深く実感し、神様に感謝する。
伊勢参りは江戸時代に多くの民衆が訪れるようになり、「おかげ参り」とも呼ばれていた。「おかげさま」とは、神様のお陰で、私たちが日々の生活を送れているという感謝の気持ちを表す言葉。伊勢を訪れた人々が、神宮にお参りし、神様のお陰で無事に旅ができたことへの感謝を込めて使うようになったと言われている。
お木曳を通して、改めて「おかげさま」の意味を噛みしめた。神様のお陰、先人の知恵のお陰、仲間のお陰。そして、私をここへと導いてくれた明和町で関わってきた仲間のお陰。一人では成し得なかったこの体験は、多くの人の支えとつながりがあってこそ。そのことに、心から感謝せずにはいられない、それが「お木曳」だ。
そして、式年遷宮でもたらされる「常若」の精神は、古くから培われてきた技術と知恵を、次の世代へとつないで、伝統を受け継ぎ、新しいカタチも生み出していく。そうすることで、国の安寧に貢献できるのだと実感した。自分の観光地域づくりという仕事もそうあるべきと再認識した。
式年遷宮は、2033年まで様々な民俗行事が続く。これらの民俗行事に関わりながら、自分の存在理由を実感していく、そして、ニッポンで安寧に暮らす誇りを醸成し、そして感謝する、それが伊勢神宮へ詣でる大きな目的なのだなと改めで実感した日であった。是非、お伊勢さんへ。そして、そのゲートウェイである明和町の斎宮跡にも立ち寄ってくださいね。

宮町の商店街アーケードで木遣り唄や掛け声の練習が始まる

木曽の御杣山から運ばれた木材を御木曳台車で威風堂々と運んでいく

白装束に身を包んだ仲間らと外宮までを「エンヤー」と叫びながら進む

明和観光商社の直江さんの木遣り唄が道中に響く

共に外宮までお木曳をした仲間らと記念撮影。おかげさまで。

明和観光商社の秋山さんも木遣り唄を披露する
2026.8.29

