世界のトレイルを知る 根津貴央氏が描く 『奥津軽を旅する』

奥津軽を旅する

僕が奥津軽と出会ったのは、『奥津軽トレイル』がきっかけだった。

正直なところ、それまで奥津軽という言葉すら、ほとんど耳にしたことがなかった。「津軽の奥のほうなんだろうな」くらいのイメージだ。
ならば津軽を知っているのかと言えば、太宰治の小説『津軽』や石川さゆりの『津軽海峡・冬景色』くらいの知識しかなかった。

ちなみに奥津軽とは、青森県の西北岸にある津軽平野から津軽半島にかけてのエリアを指す。本州最北端の地域であり、豊かな自然はもちろん、今なお独自の伝統や文化が息づく場所なのだ。
この奥津軽に、117kmにわたって走っているのが『奥津軽トレイル』だ。この歩き道は、一本道ではなく、3〜24kmまでの8つのコースで構成されている。

奥津軽トレイルにある大沢内ため池公園の道。

奥津軽トレイルとは?

奥津軽トレイルの8つのコースとは、「1.青森ヒバの神木コース」「2.太宰治のゆかりの地コース」「3.大倉岳登頂コース」「4.自然公園と名水コース」「5.山伏の荒行場コース」「6.みちのく松蔭道コース」「7.静寂のひば峡道コース」「8.眺望山周遊コース」であり、バリエーションの豊かさが特徴でもある。

青森ひばの中でも特に有名な「十二本ヤス」は、神木として崇められている。
シジミの産地としても有名な十三湖。

なかでも僕が好きなのは、津軽半島を横断することができる、6の「みちのく松蔭道コース」だ。

みちのく松蔭道は、幕末の志士・吉田松陰が津軽海峡の防衛検分のために歩いた道でもある。

スタートは、津軽半島の西海岸にある中泊町から。荒々しい海とゴツゴツした岸壁で囲まれたエリアから山へと入っていく。

  • 中泊町から眺める日本海。
  • 中泊町にある「七つ滝」は、海からの強風で滝の一部が飛沫となって舞い上がる現象も楽しめる。

吉田松陰の足跡をたどって歩みを進めていると、ところどころに、天然の日本三大美林のひとつ「青森ひば」(※1) と近代遺産「森林鉄道軌道跡」(※2) が現れる。

このエリアは、明治〜昭和にかけて、青森ひばの運搬のために、日本初かつ最長と言われた津軽森林鉄道が運行されていたのだ。

みちのく松蔭道にある「森林鉄道軌道跡」。

豊かな自然だけではなく、この地域の歴史も感じながらトレイルを歩いていく。標高370mの算用師峠 (さんようしとうげ) にたどり着き、うしろを振り返ると、そこにはスタート地点で見た日本海が広がっていた。江戸時代に吉田松蔭も同じ光景を目にしていたのだろうか……そんなことに想いを馳せる。

算用師峠からの眺め。

峠を越えてトレイルを下っていくと、津軽半島の東海岸にある外ヶ浜町の三厩 (みんまや) が現れる。目の前は、津軽半島と下北半島に囲まれた広大な陸奥湾。荒々しい日本海から出発し、半島を歩いて横断して、穏やかな陸奥湾へ。6時間ほどの歩き旅ながら、とてつもなく長い時間と距離を旅してきたかのような気がした。

三厩の海岸から望む陸奥湾。前方には下北半島も見える。

この三厩がまたユニークで、東北へと逃れた源義経の義経伝説があるほか、津軽半島の海の幸、山の幸を堪能することができるのだ。

ちなみにこの三厩では、僕は毎回「龍飛旅館」に投宿している。眼前に陸奥湾が広がり、朝晩の景色は最高。地のものをふんだんに用いた料理とともに、いつも幸せな気分に浸っている。

龍飛旅館の夕食。奥津軽の海の幸と山の幸を堪能できる。

ロングトレイルを歩くと、その地域が好きになる

僕がなぜ奥津軽トレイルに足繁く通っているかというと、ここにはロングトレイルの魅力が詰まっているからだ。

ロングトレイルに定義はないし、楽しみ方も人それぞれ自由でいいのだが、僕なりの味わい方がある。それは、山と町をつなぎながら、そのすべてを楽しむことだ。

三厩の集落。

奥津軽トレイルであれば、奥津軽の自然はもちろんのこと、奥津軽の歴史や文化、食も楽しむことができる。

僕はよく「ロングトレイルを歩くとその地域が好きになる」と表現しているのだが、奥津軽トレイルを歩くと、自然や食といったピンポイントではなく、奥津軽というエリア全部が好きになるのだ。先ほど紹介した「みちのく松蔭道コース」であれば、中泊や三厩が好きなる。山だけ、あるいは町だけ、を歩いただけではそうはならない。

かなぎ元気村特製のお弁当。右奥にあるのが、津軽の郷土料理「若生 (わかおい) おにぎり」。

これこそがトレイルを旅する魅力なのだ。僕は登山も好きで、さまざまな山にも登っているが、山を登ることが楽しく、そこに重きをおいてしまうため、その山がある市町村を好きになるという感覚は抱きにくい。

奥津軽を味わう旅へ出よう

奥津軽トレイルの道標。

ロングトレイルというと、つい全行程を踏破することに目が行きがちだ。もちろん、それはひとつの目的でもあり、魅力でもあるのだが、奥津軽トレイルの場合は、前述のとおり一本道ではなく、最長コースでも24kmしかない。

いい意味で全部歩くという目標が立てにくい。その代わり、奥津軽という地域を存分に味わうことができる。

  • 津軽平野を貫く津軽鉄道に乗ってみてもいい。
  • 外ヶ浜町でのホタテ漁。漁村に立ち寄って、地元の人に話しかけてみるのもいい。

長く歩くこと、速く歩くことにとらわれることなく、ゆっくりのんびり歩こうじゃないか。

寄り道したり、地元の人と話したり、宿に泊まったり……奥津軽トレイルをきっかけにして、奥津軽を知り、奥津軽を味わい、奥津軽を楽しむ。
それが奥津軽トレイルの歩き方だと、僕は思うのだ。

※1 青森ひば:天然の薬効成分を多く含み、「腐りにくく耐朽 (たいきゅう) 性がある」「虫が寄りつかない」「抗菌効果が高い」「リラックス効果がある」など、その効能が注目されている。1152に建立された世界遺産「平泉中尊寺金色堂」を始め、青森県内でも「岩木山神社楼門」、酸ヶ湯温泉「千人風呂」などに使用されている。

※2 森林鉄道:近代に入り、大都市圏での木材需要の急増により、明治43年に蒸気機関車に牽引された青森ひば運材列車の運行が開始。津軽森林鉄道は、日本初かつ最長といわれ、最大延長は約320kmにもおよんだ。モータリゼーションの発達により、昭和42年にその歴史に幕を閉じた。

著者プロフィール

根津 貴央 (ねづ たかひさ)

栃木県宇都宮市生まれ。大学卒業後、コピーライターを経て、ライターに。2012年にアメリカのロングトレイル「パシフィック・クレスト・トレイル (PCT / 4,265km)」のスルーハイキングのために渡米。以来、ロング・ディスタンス・ハイキングをテーマに活動を始める。2014年からはネパールのロングトレイル「グレート・ヒマラヤ・トレイル (GHT)」を踏査する日本初のプロジェクト『GHT Project(www.facebook.com/ghtproject)』を仲間と共に推進中。著書に『ロングトレイルはじめました。』(誠文堂新光社)、『TRAIL ANGEL』(TRAILS)、『GREAT HIMALAYA TRAIL 生きた道をゆく』(GHT project) がある。

2021.2.17

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